頬を射るような夜の冷気に、よく映える電飾の数々。誰でも耳に覚えのある歌の文句やメロディ。背を丸めて先を急ぐ人々も、どこか楽し気――。
クリスマスに向かって街がいっそう華やぐ季節が、間もなくやってきます。忙しなくも、浮かれ気分が度を増すなかで、私には必ず思い出す1日があります。
「花瓶まで割れてるんだ、どうしてくれるんだよ、弁償しろ! とにかく家まで来い!」
電話口の向こうで猛烈に怒鳴り散らす、お父さんの元へうかがった日。
今から10数年前のことです。当時のフィールドフォース(FF社)は社員がまだ数人程度で、クレーム対応は私の役目でした。そしてそのころは、嵐のような苦情やお叱りの声にひたすら対処する日々でした。
電話で怒鳴られるなんてざら。先方へ出向いての謝罪も10件はくだらなかったと思います。またそうしたクレームの発端が、自分の発案から世に送り出した商品であったことが、私をより凹ませ、荒んでいく心に追い打ちをかけていたのでした。
15年前の2008年当時の筆者(左上)。全国展開するスポーツチェーン店のスタッフ向けた、商品説明会
実はその商品というのが、累計の販売台数10万台超えの『スウィングパートナー』です。現在の5号機もなお、ベストセールを記録し続けるFF社の看板商品。ところが、1号機を売り出したころは、思わぬ不評とお叱りばかり。リコール(回収と修理)や生産終了を、真剣に考えざるをえない状況にまで追い込まれたのでした。
ごく簡単に説明すると、『スウィングパートナー』とは、ティースタンドのような形状で、支柱の先端がボール大の円形をしています。その円を的(ダミーボール)としてバットの芯で当てるという、素振り用の練習ギアです。
ベストセールを続ける看板商品の最新型(5号機)
ダミーボール(的)が視界にある分、何もないところで漠然とバットを振る(一般的な素振り)より効果がある。スイングの精度が上がり、打感があるので根気よく続けられる。このあたりが、多くのお客様に支持されている理由だと思います。
ただし、ユーザーの大半は幼児から小学生です。技術が伴っていないことから、ダミーボール(円)ではなく、支柱を打ってしまう(当てミス)も多々あるのです。そして支柱をバットで思い切り打つと、台座(本塁ベース型)は倒れたり、飛んでいったり。3号機からは支柱の位置を360度自由に変えられる形状へ刷新したことで、当てミスでも台座が大きく動くようなことはなくなりました。
しかし、デビュー作の1号機は、当てミスで台座が宙を飛んでしまうこともある形状でした。そしてその飛んだ台座が、近くの窓ガラスや花瓶を割るなどの物損事故と、クレームを頻発させたのでした。
息子や娘のためを思って買い与えた練習用具が、ろくに役に立たないどころか、無関係な私物を壊す始末。こんな事態に直面すれば、腹が立っても当然です。弁償を求めるのも、無理のないことなのかもしれません。
デビュー作(1号機=上)は、当てミスで台座ごと飛んでしまうことも。もし、構想段階(下)の形状で世に出していたらと考えると、もっと悲惨なことに…
クリスマスシーズンの、忘れられない例の1日。私はその日も直接に謝罪をするために、東京・北区の住宅地へと車を走らせていました。
電話口で激しく怒鳴られていたお父さんは、一軒家の主でした。対面した私がまず頭を下げる前から、怒りや興奮はすっかり覚めている様子。そして『スウィングパートナー』を使用していたという庭へ通されると、確かに割れた花瓶がありました。
次にその原因、吹っ飛んだという台座を見ると、支柱がひどく曲がっていました。使用者は小学4年生の息子とのこと。その彼が、当てミスを繰り返してきたことは一目瞭然です。
「これね、おたくの息子の技術がないことが、そもそもの原因ですよ!」
と言いたい気持ちを堪えて、最後まで平身低頭でお詫び。私はそのなかでハッと気が付きました。われわれ作り手・売り手の伝え方が甘かったばかりに、こういう事故やクレームが発生してしまうのだ、と。
商品そのものは間違いなく、技術の向上に役立つ。この自信は揺らいでいませんでしたので、販売の仕方や訴求の方法を従来と違う視点からやってみてはどうか、と考えました。そして具体的に動き始めると、沈んでいた気持ちが晴れてきて、やがて燃えるような闘志が湧いてきました。
『あなたはホームベース(台座)を動かさずに、ミートできますか?』
このキャッチコピーをパッケージにも入れて、取り扱い説明書には具体的に〇×も入れました。「〇=ダミーボールをしっかりとミートすれば、土台はほとんど動きません」「×=打つたびに台座が動く・倒れてしまう…それはミートが甘い証拠!」。これらの文言は、現在もパンフレットやHPの商品説明内にも記載しています。
訴求の方法に手を加えた効果は絶大でした。クレームは一気にゼロに! なるほど世の中、甘くありませんでしたが、件数もその頻度も減っていきました。さっきまで浜を満たしていたはずの潮が、気付けば引いて遠くにあるように。
購入した商品に不具合や事故が生じたら、良識のある大人はまず説明書を読み返すのだと思います。自分の日常生活を顧みてもやはり、そうです。目の前のクレーム対応に追われる日々だった私は、そのように自ら間口を広げて考える余裕はなかったのだと思います。
ともあれ、大ピンチを脱したことでの教訓もまた、大きなものとなりました。お客様からのクレームを悲観的にとらえず、改善改良をするためのヒントやチャンスをいただいているのだ、と捉える――。
そういう考え方が社内にも根付いていった結果、『スウィングパートナー』はベストセラーへと昇華。バージョンアップをするたびに、クレームが減っていったことは言うまでもありません。
一時はリコールや生産終了も検討。簡単に持ち運べて、省スペースで手軽に使える練習ギアという基本コンセプトも忘れ、台座を重くすればクレームが減る、という稚拙な考えが浮かんだりもしました。
でも最終的に、そういう後ろ向きな思考を脱し、本末転倒な方向に舵を切らずに済んだのは、“可能思考”が私の中に刷り込まれていたから。そのきっかけを得たのは前編で触れた自己啓発セミナーですが、私は洗脳されたわけではありません。“可能思考”を知ったことで、従来のマイナス思考を自覚することがまずできました。
目の前のことをいかに楽しく、リズムよくやれるか。それによって結果も違ってくる。日々、選択を迫られる仕事のなかで、そういう発想や考え方も持つことが成功の道しるべに。もちろん、失敗も数えきれないほどありますが、そのまま終わらなければ、次の成功に近づいていることになるのです。
「痛風? 吉村さん、それは贅沢病ですよ! 良いものばっかり食べすぎなんじゃないですか?(笑)」
こういう固定観念や指摘にだけは、どうにも“可能思考”が働きません。贅沢なんて、端からしていませんので。第一、痛風の最大の要因は遺伝なんです。みなさん、わかってください!
(吉村尚記)